2012年5月23日 (水)

われわれが日々買い求める格安の加工食品、その見えないコストは誰に押しつけられているのか?

われわれは、スーパーマーケットで加工食品を買う時、その中身がどこから来てるのかを考えて購入しているだろうか。スーパーの棚に並ぶ食品の驚くべき低価格を実現するためのコストはどこに押しつけられているのか? グローバル化された食経済の構造を知ることが破綻を回避するための第一歩である。

300円で売られている格安のシリアル、
小麦生産者の手元にはそのうちのいくらの金額が残るのか

 スーパーマーケットで加工食品を買う時、われわれはその中身がどこから来てるのかを考えて購入しているだろうか。

 加工食品には生産から開発、加工、流通などの膨大なコストが乗っかっている。しかも、そのコストの大半が外部化されている。つまり、消費者には負担がかからないということだ。それは、われわれ消費者がそのコストを誰かに押しつけていることに他ならない。

 この「外部コスト」にどれだけ自覚的であるかが、グローバル化した食システムの下で、食品の正当性や安全性を見極める上での大きな鍵となる。

 目の前にある格安の商品を棚に置くまでに発生しているコストは、当然ながら誰かが負担している。300円で売られているシリアルに含まれる小麦の値段を考えた時、そのうち生産者の手元にはいくらの金額が渡っているだろうか。

 食システムの各階層でコストが雪だるま式に上乗せされている以上、彼らの手元に入りお金がいくらにもならないことは想像に固く難くない。

メーカーは常に調達コストの安い地域を国際市場から探している

 スーパーが特売セールを行えば、卸売業者は値引きを迫られ、卸はメーカーに値下げを迫る。メーカーは値下げ要求にいつでも対応できるように、常に調達コストの安い地域を国際市場から探している。

 国際市場での価格競争に勝つためには、より人件費が安く、開発コストのかからない(規制の少ない)地域が求められる。その地域とは労働者が1日1ドルにも満たない賃金で働き、農薬などの規制もほとんどない途上国かもしれない。

 グローバライゼーションとは、あらゆる商品がそのような構造の上に乗っかっている。実はわれわれが日々買い求めている加工食品のほとんどは、コストを押しつけやすい弱者や、貧困に喘ぐ途上国の生態系や環境にその負担を押しつけることで、低価格が実現されている場合が多いのだ。

            「食の終焉」神保哲生の記事より

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世界の食料問題

5分でわかる食糧問題

飢餓の現状

飢餓が原因で1日に4~5万人(1年間に1500万人以上)の人が亡くなっており、そのうち7割以上が子どもたちです。

世界中には食べ物が足りないの?

「飢餓」になるのは、食糧が十分につくられていないからではありません。穀物は年間 23億トン生産されています。これは世界中の人が生きていくのに必要な量のおよそ2倍になります。

23億トン (年間穀物生産量) ÷ 70億人 (世界の人口)
⇒  328kg (1人当たり)
※1人当たり1年間の標準量は  180kg

それでも食べ物の不足している人がいるのは、どうしてでしょうか?

たくさんの穀物はどこへ

1人当たりの食糧供給量を比較すると、日本では必要なカロリーより 33%も多く、ソマリアでは16%不足しています。
私たちのように食べるものがいつでも十分手にはいるのは、世界のおよそ2割の人だけなのです。

穀物は人間が食べるだけではなく、先進国では穀物の 6割(約4億トン)が、ウシ、ブタ、ニワトリなどの家畜のえさになっています。
牛肉1キロ作るために穀物8キロ、豚肉1キロ作るために穀物4キロ、鶏肉1キロ作るために穀物2キロを消費しています。
結果として、世界の 2割足らずの先進国にすむ私たちが世界の穀物の半分以上消費しているのです。

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日本の飽食の影で・・・

私たちは日本人の食生活は、第二次世界大戦前とくらべると大きく変わりました。

例えば、肉や卵を食べる量は 10倍になり、えさとして使う穀物の量も急増。
現在、えさ用のトウモロコシや大豆は98%が輸入しています。
こうした穀物の消費の増加だけでなく、砂糖や植物油(ヤシ油)などのプランテーション作物を大量に輸入することで、途上国の生活にも大きくダメージを与えているのです。

世界一のマグロ消費国のためにマグロが絶滅!

世界で取れるマグロのおよそ半分が日本で消費されています。

その漁のために東南アジアの人が食べていた魚(ミルクフィッシュなど)の値段が高騰。現地の人が高級魚として食べられないマグロ(ツナ)を私たちだけでなく、ペットフードとしても食べています。

そして、マグロの漁獲を減らさない限り、 20年後には、絶滅するといわれています。

外国から買っているのに捨てる国

日本の食品の約7割は、世界から輸入したものです。

私たちは年間 5800万トンの食糧を輸入しながら、その3分の1(1940万トン)を捨てています。

食糧の廃棄率では世界一の消費大国アメリカを上回り、廃棄量は世界の食料援助総量740万トンをはるかに上回り、3000万人分(途上国の5000万人分)の年間食料に匹敵しています。

日本の食品廃棄の実に半分以上にあたる1000万トンが家庭から捨てられています。

この家庭からでる残飯の総額は、日本全体で年間11兆円。
これは日本の農水産業の生産額とほぼ同額です。
さらにその処理費用で、2兆円が使われています。

日本は食糧の 7割以上を輸入しながら、世界一の残飯大国なのです。

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もし日本で食料の輸入がストップすれば・・・

穀物自給率(2007)

オーストラリア175%
フランス164%
アメリカ150%
ドイツ105%
インド102%
中国67%
北朝鮮28%
日本28

食糧輸入が途絶した場合、1年後には3000万人が餓死すると1978年に試算されています。 (「NHK特集 輸入食糧ゼロの日」 1978年)

今は、昭和50年頃の穀物自給率(40%)より10%以上悪化し、28%になっています。

もし、今、食糧輸入が途絶した場合にはそれ以上の餓死者が出ることになるのです。

世界的に食料は減産している

欧州の猛暑、オーストラリアや中国の干ばつなど異常気象の影響で、国連食糧農業機関(FAO)は2003年の世界の穀物在庫は、過去約20年間で最低水準となる見通しであることを昨年12月に発表しています。

サハラ砂漠以南のアフリカ諸国など世界38カ国で深刻な食糧不足で、食糧支援を必要としているのです。

できることからはじめよう

世界中で困窮している人たちが自立できるための支援が必要であると同時に、飽食や必要以上の消費をしている私たちの生活を見直すことが重要です。

  • まず食べる量を (例えば一割)減らしましょう
  • 無駄な買い物、肉食、食べ残しを減らしましょう
  • 国産品、無農薬の農作物を選びましょう
  • 輸入品や季節はずれの食品 (ハウスの果物、野菜など)はさけましょう

 

より詳しく知りたい方は、下記書籍をお読みください。

  地球環境ファミリーシリーズ『地球は今』第8巻 『忍びよる食糧危機』

食糧問題の現状は、黄信号です。

どうして食料が不足するのか、本当に不足しているのでしょうか。

毎日3,000万食の食料を廃棄する日本。
食料自給率が極端に低く、輸入してまで食べ残しています。
買い物のしかたなど、食について見直していきましょう。

                ネットワーク「地球村」環境情報より



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2012年5月18日 (金)

中外日報 宗教・文化の新聞

『中外日報』に総裁先生のインタビューが載りました!!

              ↓↓↓

信仰の力で「自然共生社会」へ――生長の家総裁谷口雅宣氏に聞く

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2012年5月11日 (金)

子どもたちの未来を真剣に考える(1)

子供が生まれて、マイホームを本格的に検討する読者も多いことだろう。我が子がより良い環境で生きていくために、私達は何ができるか? その答えの1つに太陽光発電があるのではないだろうか?

実はは世界の中でも日本は太陽光発電の先進国。太陽光の発電の一般家庭普及率では世界ナンバーワンである。さらに昨年は14万件以上の設置応募があり、日本国民のエコ意識は高まるばかりだ。読者の中にも、ソーラーパネルの設置を検討中の人も多いのではないだろうか。
そして今、世界的に電力のあり方が見直され、我々パパとしても「子供の未来のために」何ができるのか、本気で考えるときがきた。
しかし「実際ソーラーパネルってよくわからない」。そんな読者のために、FQ は太陽光発電協会に取材し、ソーラーパネルの基礎知識を聞いてきた。設置するしないは、財布事情もあるが、知っていて損はない。そんな子供たちの未来を考えるパパのための太陽光発電講座である。

Q.日本で太陽光発電はどれくらい導入されている?

1970年代から2009年までに約60万件の家庭で設置が完了。2009年1月から復活した補助金制度と、2009年11月にスタートした余剰電力の固定価格買い取り制度によって、導入量はさらに急増し、2010年の設置応募件数は約14万件と、急激な勢いで需要が伸びている。

Q.太陽光発電で自宅の電力をどこまでまかなえる?

一軒家に住む一般家庭では年間約5000 .6000kwhほどの電力を使うと言われている。出力3.5 kwほどの太陽電池を設置したときに期待される電力は約3500kwh。つまり、ソーラーパネルを導入すれば6割.7割程度の電気を太陽光発電でまかなうことができる計算となる。

Q.設置するときに補助金ってもらえるの?

環境に優しい太陽光発電の普及を後押しするために国も補助金を支給している。現在の初期補助額は1kwあたり4万8000円。4kwの太陽光発電システムを導入すると、19万2000円の補助金が国から支給される計算となる。これに加え、都道府県、市町村からの補助金も支給される場合があるので、導入前はそれぞれの自治体の補助金もチェックしよう。

Q.太陽光発電システムの寿命はどれくらい?

駆動部分がほとんどないので他の発電システムに比べても寿命が長いといわれる太陽光発電。一般的な結晶シリコン太陽電池モジュールの場合、20年.35年程度といわれている。しかも、20年経過しても初年度の9割前後の発電量が見込めるという。



Q.設置費用の目安はどれくらい?

太陽電池モジュールのタイプ、屋根の材質や形状、面積、新築かどうかなどの設置条件によって幅があるが、太陽光発電普及拡大センター(J-PEC)によると、昨年度平成22年4 .12月の機器・工事費を含めた1kwあたりの平均設置価格は57.8万円。ただし、現時点で国の補助金の適用条件は1kwあたり60万円以下となっている。

Q.家庭で作った電気は売ることができる?

電力会社と契約すれば、昼間に作った電気のうち、余った分の電気を売ることが可能。
面倒な手続きは必要なく、売った電気の料金は個人口座に毎月振り込まれる。
2009年11月に新たな買取制度が導入され、買取価格はこれまでの2倍(48円/ kwh)となった。


※平成23年度設置分は42円/ kwh

                記事提供:ソーラージャーナル

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2012年5月 5日 (土)

「震災と仏教界」

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仏教界の情報を紹介する『週刊仏教タイムス』(仏教タイムス社発行、ブランケット判6頁)7月7日号に、生長の家の原発問題に対する考え方を書いた山岡睦治出版・広報部長の原稿が掲載されていましたが、その原稿が同社発行の『震災と仏教界 東日本大震災報道1年』(A4判 80頁 定価 1000円 税・送料別)に収録され、先ごろ発刊されました。収録されたのは、「原発が問う 宗教と未来」シリーズの第5回目「自然エネルギー立国へ 宗教に欲望制御の役割あり」という一文です。
本書は大震災や福島第一原発事故を仏教界はどう捉え、どう行動してきたかを同紙に掲載された記事をまとめてダイジェスト版としたものです。仏教教団ではない、生長の家の考え方が収録されたのは、異色かも知れません。

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2012年5月 1日 (火)

13人のグランマザーたち

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「世界を癒す13人のおばあちゃん 〜これからの七世代と、さらに続く子供たちへ〜」

13人のグランマザーたちは、メディスン・ウーマンでありシャーマンである。
  自然の声に謙虚に耳を傾け、自然界の掟を守り、感謝の祈りを捧げながら、自分たちの暮らしのなかで薬草を大切に扱ってきた。一方で多くの人々は物質的な世界を求め、その結果、自らの手で自らの命を破滅させている。地球が病んでゆくことを、グランマザーたちは真剣に心配している。地球の未来の子供たちのことを真剣に想っている。もう、地球は手遅れになるかもしれない。いや、手遅れにならないようにと、グランマザーたちは共につながり、世界にむかって動き始めた。

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2012年4月29日 (日)

死生学

死生学は新しい学問である.それはまず医療と人文・社会系学問の接点で求められている.現代の病院は死にゆく人びとのケアに多くの力を傾注せねばならないが,自然科学的アプローチによる近代医学の枠内では,その方法が十分には見いだせない.そのため欧米ではホスピス運動が急速に広がり,死に直面した患者や家族のニーズに応えるための死生学の教育・研究が進められるようになっている.生命倫理に関わる問題も噴出してきた.臓器移植や体外受精や遺伝子診断が可能になり,これまではとても不可能であった人びとの欲求を充たすことができるようになってきた.しかしいっぽう,どこで医療の介入に限界線を引くのかという難しい問題に直面しており,医療臨床と医学研究の現場では,死生観を踏まえた倫理的判断が日常的に問われている.
 死生学が求められているのは,医療関係の現場だけではない.教育現場でも死生観教育(デス・エデュケーション)への要望があり,子どもたちに「いのちの尊厳」について教えることを求める声がある.現代人は死に向き合うすべを見失って,途方に暮れているようにみえる.葬送儀礼や墓制が急速に変化し,慰霊や追悼のあり方についても論争が生じている.死者と生者のかかわりのありかたは文化によって多様である.アジア,とりわけ東アジアの伝統では,死と生は表裏一体の関係にあるととらえられてきた.死だけを切り離して考察するのではなく,生殖や誕生,病や老いといった人生の危機にどう向き合うか.これらも死生学の課題である.
 死生学を基礎づけるためには,そもそも生命とは何かという問題,また,人間の生と死をどのように意味づけ理解するかという根本的な人間理解の問題を避けて通ることはできない.現代の実践的な諸問題と関連づけながら,古今東西の哲学や宗教思想を検討し,新たな思考法を探究していかなくてはならない.生命観や進化に関する新たな科学的知見の哲学的,思想的な意味を問い直すことも重要である.環境倫理をめぐる問題,人間の生命と動物や植物の生命の関係をめぐる問題,戦争や刑罰をめぐる実践哲学的問題なども守備範囲である.
 こうしたなか,東京大学の大学院人文社会系研究科(文学部)では,2002年より医学部・教育学部などの他学部とも協力しながら,21世紀COE「死生学の構築」プロジェクトを行なった.続けて2007年からはグローバルCOE「死生学の展開と組織化」を進め,新たな学問領域の確立を目指して,さらに強力な教育・研究体制の構築を目指している.
 シリーズ『死生学』は,この2つのプロジェクトの取り組みから生み出される.この新しい学問分野の豊かな未来を展望する内容を読者が本シリーズに見出していただけることを切に願うとともに,さらにどのような教育・研究の方向性が今後求められているのか,読者とともに考察・討議の輪を広げてゆきたい.東京大学出版会より

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2012年4月15日 (日)

C.W.ニコルさん

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英国南ウェールズ生まれ。17歳で初めて北極地域の野生生物調査に携わって以降、カナダの水産調査局に勤めながら、十数回にわたって北極地域を探検。日本の武士道にあこがれ空手を習うために22歳で初来日。20代後半にはエチオピア国立公園の公園長も務める。1980年代に日本の長野に居を定め、執筆活動を続けるとともに1986年からアファンの森の再生に着手。より公益的な活動として全国展開するため、2002年「C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、理事長に就任する。1995年7月日本国籍取得。講演などを通して日本の環境問題に積極的に取り組み、被災地復興支援活動にも尽力。2005年英国エリザベス女王陛下より名誉大英勲章を賜る。

私が日本に来た元々の目的は、武道を学ぶためでした。その時、思いがけず豊かな自然と出会い、その自然と共生する日本人の生き方に強い感銘を受けたのです。以来、世界中を探検しながらも、私の心はいつも日本にありました。そして、日本に定住することを決め、長野県の黒姫に縁あって居を定めました。黒姫に引っ越してきたのは1980年のことです。
私は黒姫での生活に夢中になりました。ところが、生活が落ち着いてくると恐ろしい現実が見えてきました。美しい森がどんどん破壊されていたのです。ならば私が森を育てようと、1986年から、飯綱山の麓に見捨てられていた“幽霊林”を少しずつ購入し始めました。これが、「アファンの森」の始まりです。以来森の再生に励みました。とはいえ、一度荒れ果てた森を動植物が棲める森へとよみがえらせるには、丹念な手入れと長い歳月が必要です。このあたりの森も最初は本当にひどくてね、スキー場やゴルフ場の乱開発、さらには、産業廃棄物や医療廃棄物の不法投棄など、思い出すのも辛いくらいひどいありさまでしたよ。

私が「アファンの森」を始めるきっかけとなったのは、私の故郷ウェールズで、炭鉱町として栄えたために、ボタ山となってしまった森が、人々の努力によって美しい森に再生した、という心強い実例を見たことです。その森は、「アファン・アルゴード森林公園」と名づけられていました。ちなみにアファンとはウェールズ語で“風の通るところ”という意味です。そして、緑豊かなウェールズの森では、森の持つ、心身を癒す力を借りた教育や心に傷を負った人々をケアする活動が盛んに行なわれています。森が人に与えてくれる癒しは科学的にも証明されているのです。

これまでアファンの森でも、心に傷を負った子どもたちや、からだに障害を持つ子どもたちの心を癒すため、「心の森プロジェクト」に取り組んできました。森は人の心を癒してくれるから、森を歩くだけでも元気になれるんです。昨年の東日本大震災のあと、私は被害を受けた地域の人たちに向けて「アファンの森へお越しください」と呼びかけました。すると、宮城県東松島市から返事があり、2011年の夏、被害を受けた子どもとそのご家族を森に招きました。最初は子どもたちのためにアクティビティを用意していたのですが、そのうち子どもたちが考え出した遊びをしたりして過ごしました。つるで大きなブランコをつくったり、川に飛び込んだり、学校ではやってはいけないことを全部やったという感じ(笑)。夜は20~30人でテーブルを囲んでのディナーです。蝋燭を灯し、私が料理をして、シェフ・ニコルのご馳走パーティは大成功でした。すると、はじめは険しかった顔が、だんだんやわらかくなり、そのうち皆さん明るい笑顔を見せてくれるようになった。たった3日の滞在でこんなにも変わるのかと、感じました。
そして、クリスマスには私が東松島に行きました。サンタクロースになって馬車に乗り、1000人の子どもたちにプレゼントを渡す。私にとってもすばらしい体験になりました。こうした活動は、一時ではなく継続させてこそ意味がある。そのためには、森をオーバーユース(人数超過や活動拡大)で疲れさせないよう注意して、森と人、どちらの健康も守りながら長く続けていきたいですね。

東松島の皆さんを森に招いた活動では、一緒に来た役所の若いスタッフたちも森に興味を持ってくれました。彼らは言いました、「これは我々の未来だ」と。東松島は海岸に面していますが、その地形の3分の1は丘が占めています。丘は津波や塩害から逃れましたが、手入れをしていない真っ暗な森のままです。町を再生する時、津波の心配がある海岸ではなく、その丘を、人が住み、動植物がいて、子どもたちが喜んで遊んで、癒される、アファンの森みたいな場所にしたいと言うのです。私はさっそくお手伝いするための準備にかかり、現地を視察し、丘に学校を移してはどうかと提案しました。自然の地形をなるべく活かし、教室はすてきな木造にして、教室同士は森の小道で行き来するようにつなぐ。生徒の集合場所は天気がよければ体育館ではなくて、外でいいよね、…とか(笑)。これが実現したら日本で初めての森の中の学校になるはずですよ。

また、津波により大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の畠山重篤さん(NPO法人「森は海の恋人」代表)たちと共に、森と海をつなぐ日本の再出発のプロジェクトにも取り組もうとしています。昨年の5月に開催したシンポジウムをきっかけとし、“森を創る・森を使う・森を食べる”というテーマのもと、日本が生まれ変わるための最大限の努力をしていきたいと考えています。

こうした震災からの復興に取り組む一方、アファンの森を拠点に、これからやりたいこともまだまだあります。たとえば、「ホースロギング」をよみがえらせる。ホースロギングとは、森で伐採した木を馬で運び出すことで、機械で運ぶよりも柔軟な対応ができるし、森の土を傷つけることも少ないと言われています。昔は日本でも盛んでしたが、今は手間がかかるため、わずかしか残っていません。他にも、森で伐採した木を国産木材として出荷したり、また、森の調査研究、国際交流や人材育成の場としてもアファンの森を活かしていきたいと思っています。そうやって活動し続けることが財団としての役目ですし、さまざまな活動の拠点になることは森そのものが生き続けることでもあるのです。これで十分と思えば、人も森も死んでしまう。失敗しても何でもとにかくやり続けることなのです。
ただ、さっきも言ったように、オーバーユースはかえって森を傷つけます。アファンの森を参考にしようと来る人々に、「なんだ、ニコルの森には動物も鳥もいないじゃないか」なんて言われたら台無しです! まずこの森を健康に育むことが、日本中に緑豊かな森を増やしていくはじめの一歩になるのではないかと思います。

日本にはね、まだ見たことのない自然が無数にあるんですよ。人間が見たことのないだけで、今まで見ようとしてこなかった、あるいは、自然のほうが人間に見せていなかった自然、ということです。アファンの森で、実はクモやアブラムシの新種も見つかっているのです。 ワクワクするでしょう! この日本には、まだまだ知らない自然がたくさんありますよ。

私が生まれた家には電気もガスもなく、私は8歳から裸馬に乗り、12歳で散弾銃を持ってウサギを狩りに行っていました。父は戦争で帰ってこなかったため、母と一緒の時間が多く、私は母を喜ばせようと、母の好きな野花を探してどんどん行動範囲が広がりました。生まれながらのフィールドワーカーだったんですね。
だから私は、自分の都合で環境を変えるより、自然に合わせていくほうが好きなんです。たとえば、北極の冬はとても厳しく油断できませんが、犬ぞりがあればどこまでも旅できる魅力があります。一方、夏は過ごしやすく山菜や魚の食物も豊富ですが、ブヨがひどくてたまりません。それでも私は正式な探検だけでも15回北極に行き、イヌイットとも暮らしました。大事なのは、今ある環境を見つめ、バランスをとって適応していこうという気持ちや、生活の工夫ではないでしょうか。人間も自然の一部です。自然に対して人間のエゴを通すのではなく、上手に自然とバランスをとったなら、私たちは、顔についている目も、心の目も、きっともっとよくなるでしょう。

アファンの森財団の理事長としての夢は先ほど言いましたが、小さく単純な男である私個人の夢は、無人島に住むことです(笑)。電気もガスもなく、薪にする流木がちょっとあるだけ。たまに銃を担いで小さなウサギを狩ったり、魚を釣ったり。夜はランプの下で、コンピュータではなく、たくさんの本に囲まれる暮らし。そこには、猫と犬と小さな馬と私がいるだけ。人恋しくなったらゴムボートを漕いで向こう岸のパブに行く。どう?すてきでしょう?

とはいえ、昨夜急に2時間ほど停電したら、いつもあるものが使えなくて、さまざまな自然の中で暮らした経験のある私でも一瞬驚きました。私自身はたくさん探検してきたから、あまり困らないけれど、「当たり前だと思っていたエネルギーが当たり前じゃなかった」ことを、私たちは東日本大震災で知りました。自然の尊さや、エネルギー問題については、私のような森暮らしの人間より、むしろ、都会に住む人のほうが考えているかもしれません。生活に直結しているから、真剣に考えざるを得ない。辛い経験だったからこそ、みんなできちんと向き合っていきたいですね。

森に死はありません。ひとつの死は別の生の始まりだからです。カゲロウは自由でいいけど命は一日。でも、その一日は私の人生に負けない長さと意味がある。木も同じ。私と同い年の70歳の木は300年生きるかもしれないから、それを見れば私は全然さびしくないのです。

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2012年4月11日 (水)

環境ビジネスサイトより

清水建設は、山梨県北杜市において、国内初のゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)となる「森の中のオフィス」(発注者:生長の家)の建設に着手すると発表した。同社は、省エネ・創エネ・畜エネ技術、および分散型電源や設備機器を最適制御するシミズ・スマートBEMS(ビル・エネルギー管理システム)を導入し、ZEBにチャレンジする。

「森の中のオフィス」は、地上2階、延床面積約8,431.43m2の木造(一部鉄骨造)のオフィス。ZEBの概要は、冷暖房と照明の負荷を低減する省エネ技術により通常の同規模のオフィスに比べ45%省エネを図ったうえで、使用する電力を太陽光発電とバイオマス発電、蓄電池等により100%賄うというもの。工期は2012年3月~2013年3月を予定している。

省エネ技術については、自然通風や太陽熱集熱システム、LOW-Eペアガラスと木製サッシュ、庇(ひさし)の効果等を採用して冷暖房負荷を低減。また、窓とトップライトの効果的な配置、LED照明及びタスク・アンド・アンビエントシステムを採用して照明負荷を低減する。

創エネ技術としては、屋根全体を覆う太陽光発電パネル、間伐材等の木質チップを燃料にするバイオマス発電、製材副産物を熱源にする木質ペレットボイラーを採用。さらに、大容量蓄電池を採用し、これらをマイクログリッド制御することで、電力自給体制を構築し災害時でも業務継続を可能とする。

また、建物は、山梨県産のFSC認証木材(カラマツ、杉)を活用した木構造、木質空間とし、FSC(森林管理協議会)のプロジェクト認証取得をめざす。

発注者の生長の家は、宗教法人として初めてISO14001を取得し、同法人が排出するCO2を可能な限り削減してオフセットする“炭素ゼロ”運動を推進している。その一環で、今回の工事の発注に当たっては、ZEB・木造建築・施工時の環境負荷低減などを条件にした設計・施工について企画を提案してもらうプロポーザルを実施。本提案を行った同社案が採用された。

同社は、現在、日本国内では電力不足が深刻化していることから、同社では、ゼロ・エネルギー・ビルやゼロ・カーボン・ビルの提案に注力し、案件受注につなげていく考えだ。

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2012年4月 5日 (木)

美味しいノーミート 四季の恵み弁当

おいしいノーミート 四季の恵み弁当

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肉なしでいける!! お弁当レシピ集誕生!
季節の食材を生かした、「ノーミート」弁当レシピ40選!
日々をわくわく生きる著者の暮らしをエッセイと写真で紹介。

本書は、著者の
ブログ「恵味な日々」の記事をもとにした、ノーミート弁当のレシピ集です。
「春の恵み」「夏の恵み」「秋の恵み」「冬の恵み」の四章立てで、各章には、著者が夫のために作っておられるノーミート弁当の季節ごとのレシピ40点を中心に、食と地球環境や世界平和との関係、肉食忌避の必要性、ご自身での菜園での野菜作り、日時計主義の生活を綴ったエッセイ、また、先生が四季折々にご自宅や山梨の山荘で撮られた多数の写真が収められています。
読者の皆様が自らノーミート料理を作り、肉食や「奪う生活」をやめ、自然の恵みに感謝して暮らすための最適なガイドブックです。



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